2002-12-03 第155回国会 衆議院 法務委員会厚生労働委員会連合審査会 第2号
筑豊地帯とか常磐地帯とか、炭鉱が崩壊していく過程で貧困が集積したところに精神病院がどんどん建ったんです。そういう形で精神病院は今のような姿をつくったんです。つまり、医療プロパー、精神障害プロパーの問題では全くない形で精神病院はつくられたんです。貧困と、簡単に言えば治安の問題がベースにあって精神病院ができたんです。それが今の現実なんですね。
筑豊地帯とか常磐地帯とか、炭鉱が崩壊していく過程で貧困が集積したところに精神病院がどんどん建ったんです。そういう形で精神病院は今のような姿をつくったんです。つまり、医療プロパー、精神障害プロパーの問題では全くない形で精神病院はつくられたんです。貧困と、簡単に言えば治安の問題がベースにあって精神病院ができたんです。それが今の現実なんですね。
実は、私の住む福岡県の嘉穂町という筑豊地帯にある田舎の農村ですけれども、ここに産廃物の最終処分場が現在建設中ということで、これがいろいろな波紋を呼んでおるわけでございます。福岡市の産業廃棄物を小一時間ぐらいかけて嘉穂町というところに運んでまいりまして、そして山の中に今つくられつつある処分場で処分をする、こういう状況でございます。
○三浦分科員 今あなたもお認めになりましたように、筑豊地帯は大変厳しい生活環境にあるのです。そういう中で失対事業への依存度が非常に高いのです。一九九〇年度の失対四事業の就労者というのは、福岡県で一般失対が三千四百二十七人、緊就が七百五十一人、開就が二千八百六十二人、特開が二千六百三十人、計九千六百七十人おります。任就、これは千九百人おりますから、任就を入れますと一万一千五百七十人になるのです。
産炭地における圃場整備の問題について、福岡県の筑豊地帯、いわゆる産炭地は今石炭がほとんど壊滅してもう産業らしい産業といっては農業しかない、農業でこれから生きていく道を模索するというのが共通して出てきておる現象です。あの産炭地については普通の圃場整備とは違っていろいろ特別な優遇の方法があるはずですけれども、農地の圃場整備について言えばどういうことが行われていますか。
来年期限切れになります石炭三法の一つであります炭鉱離職者の再雇用に関する法律などがありますが、あのような法律が存在していても私の地元であります、ふるさとであります旧産炭地の筑豊地帯、いまだ雇用の場が少なく、そのために再就職の問題など抱えもう既に二十年になりますけれども、そういうようなのがクリアされないというような実情もあるわけでございます。
○小川(省)委員 安心をいたしましたが、ぜひひとつ目を見開いていていただいて、特に産炭地の財政状況は脆弱でございますから、福岡県の筑豊地帯等におけるかつての産炭地、こういう自治体に対してぜひひとつ財政で苦しむようなことがないように配慮をしていっていただきたい、このようなことをお願いしておきたいというふうに思っています。
かねてから特にこの筑豊地帯の鉱害復旧についてはとかくのうわさが流れておったわけでありますが、このたび、その氷山の一角と申しますか、そういった一つのうみが一部ようやく司直の手によって白日のもとに出されてきた、こういう感じではないかと思うのであります。
○大橋委員 もう時間が迫ってきましたので、最後に大臣にお願いがあるのですが、私の地元にこうした筑豊地帯がありまして、昔は、石炭産業華やかなりしころは大変な貢献をしたところです。しかし、今やもう石炭産業は全部閉山してしまいまして、残ったのは鉱害だけなんです。その鉱害のつめ跡というものは想像以上なんですね。だから、この大変な鉱害予算をめぐって悪いことをする者が出てきたわけでございます。
○大橋委員 遺憾なことではございますが、私の地元筑豊地帯では、今鉱害復旧事業に関しまして大混乱が生じております。午前中にも社会党の先生から問題が提起されたと思うのでございますが、いわゆる鉱害屋問題をめぐりまして、通産局の職員やあるいは関係業者が多数警察に逮捕されました。連日のごとく新聞、テレビ等で報道されているわけでございます。
ただ、この事業も、福岡の筑豊地帯の旧産炭地、こういう非常に疲弊した地域において産炭地振興が進められる中で、こういう就労事業もある意味ではその産炭地振興の一翼を担っておるというふうに考えております。したがいまして私どもも、事業そのものを今廃止するというようなことは考えておりません。
○小渕(正)委員 この鉱害復旧事業の主力は何といっても福岡県筑豊地帯だと思います。私も現地に昨年行ってみまして、関係者の人たちにいろいろお話を承ったわけでありますが、いまも事業団でお話がありましたが、有資力、無資力関係の工事の一元化というのは非常に多く期待を持たれておったわけであります。
○小渕(正)委員 この鉱害復旧工事ですか、一つの鉱害復旧事業と言ってもいいと思いますが、こういう事業が特にああいう福岡県の筑豊地帯においてはかなり大きな産業というわけにはいかぬですけれども、かなり大きなウエートを占めた一つの事業になっているのではないかと思います。
それは別といたしましても、それなら筑豊地帯をどうするのだということでございますが、私も端的に申し上げまして自分のふるさとでございますし、このことについては、私自身、中西さんと同じ選挙区でございますし、地盤でございますので、あの地方をどういうふうに復興させていくかということについては、中西さんともども超党派的に考えておるわけでございます。
○田中(六)国務大臣 御指摘のように地域住民、夕張市約四万一千人の人口がおるわけでございますが、与える影響というものは非常に大きいわけで、古賀委員も大牟田市出身でございますし、私も筑豊地帯の出身で、痛いほど、地域住民のそういうものに対する関心はだれよりも熟知しているつもりでございます。
○田中(六)国務大臣 岡田委員御指摘のとおり、私は、この新鉱が開発されるときから私自身も強い関心を岡田委員ともども持ってきたわけでございまして、私は九州出身で筑豊地帯でございますけれども、やはり炭鉱というような産業につきましては、北海道の炭鉱も自分のことのように思えてならないわけです。
その四十線のうちに福岡県内には六線、そのほとんどが実は筑豊地帯にあるわけですが、ここに筑豊関係自治体が四市十六町あるのですけれども、もしこれが実施されたらばまさに死活問題というほどに真剣に深刻に受けとめております。 この筑豊地帯というのは、申し上げるまでもなく石炭から石油へのエネルギーの大転換政策によって全部閉山してしまったのです。
ただ、私が大臣とかそういうものを離れまして、私自身の選挙区でございます筑豊地帯で私は旧産炭地の人々に訴えるのでございますが、法律が幾らあっても、皆さんが立ち上がろう、おれがやろうという気持ちがなければ産炭地の振興はできませんと、私は実は率直にそういうふうに、自分の選挙区でありますので私のわがままも許してもらってそういうふうに訴えておるわけでございますけれども、やはり私は、まあ私のように大げさに言わなくてもいいかもわかりませんけれども
○国務大臣(田中六助君) 筑豊地帯にも実は鉱山学校は長い間あったわけでございますけれども、いまつぶれておりますけれども、そういうアイデアをお持ちであるということ、非常に私はいいことではないかというふうに思っております。
○小渕(正)委員 先ほど私がちょっと長崎県の特異性というか地理的な条件と環境について申し上げたわけでありますが、確かに、長崎の北の方、佐世保寄りの北の方の北松、松浦を中心の産炭地は、どちらかというと福岡の筑豊地帯に似たような性格を持っておる、集団的にかたまった市町村が隣接している。もちろん、そういう意味での町の規模はまだ小さいわけでありますが、大体そういった性格がある。
皮肉な話でございますけれども、私も筑豊地帯出身でございますが、筑豊地帯に炭鉱の坑口が一つもないのに、いまだに産炭地、産炭地というわけでございます。 私はときどき選挙区で言うのです。
したがって、そういう観点からいたしますと、北九州市が近くにあって、それがたとえば筑豊地帯の妨げになるような市の状態では必ずしもないのじゃないか。もう少し私どもも、北九州市の状態——それから政府が、たとえば特別交付税の問題をちょっと例にとりますと、こういうものでかなりのカバーもしております。
○田中(六)国務大臣 ローカル線の交通体系の選定基準というもの、それから産炭地域の振興という全く相矛盾するものが同時に検討されなければならないということで、私も筑豊地帯に所属しているだけに、主観的な立場は非常に苦しいものがあることは事実でございます。
○国務大臣(田中六助君) 筑豊地帯は私が生まれて育ったところでございますし、当選以来そういう炭鉱問題については長い間自分がタッチしてきた問題でございますし、この筑豊地帯は人口も鳥取、島根県と等しいような人口でございますし、この浮揚につきましては一生懸命やりたいと思います。
○田中(六)国務大臣 三浦先生が頭に描いていることより以上のことを私は閣議で主張し、十年間の産炭地振興の延長の中身、それから産炭地復興、御指摘の生活保護者の問題、筑豊地帯の人口が鳥取県に等しいような人口で、その予算は二分の一、その予算も筑豊地帯で使うのじゃない、北海道も常磐もその他もあると、微に入り細に入り、私の日ごろ考えていることはぶちまけておりますし、政令の中に一応書かれておりますけれども、また
御承知のように民間企業でございますし、とことんまで——政府の官営企業なら別でございますけれども、たとえば筑豊地帯にございますフィルターの工場とか、これはどうかと思いますけれども飯塚の自衛隊とか、そういうことについての誘致というのは私どもの決定で何とかなりますけれども、民間企業というものはやはり立地条件とかその土地の民意、民度というようなこともあってなかなか困難な面もございますが、企業誘致を初めそういうものに
それがなかなかうまくいかなくて、小さな胸を痛めておるのでございますけれども、これから何とかこの十年間のうちに、私の筑豊地帯だけじゃなくて、塚田さんのところの北海道、それからその他の産炭地も見違えるようなことにする基盤を、今回私が就任中にでもつくりたいという大きな望みと希望はございますし、それについて一生懸命努力しなければならないというふうに思っております。
○田中(六)国務大臣 四つの地域にないと言いますけれども、実態的にはどうかと申しますと、御承知のように、磐城常磐、それから山口宇部地区、こういうところは、非常に発展と申しますか、むしろ六条地域というものから離脱するような目覚ましい発展を遂げておりますし、筑豊地帯あるいは佐賀地帯につきましても、私は特に筑豊地帯出身でございますけれども、そういうのに取り組んで、工業誘致あるいはその他についての努力はしておりますし
実態面でどうなっておるかというと、たとえば私の田川、筑豊地帯を考えた場合にどういうものが残っておるかというと、やはり強力な政府の指示によった飯塚の自衛隊、田川市のフィルター工場、これは全部政府の関係です。あとは私企業で、来るとか来ないとか、条件の整備、いろいろな問題、それはみんな手を抜いておったわけではないのです。知事初め私どもも、中西さんもそうでしょう。